1889年に創業されたアサヒビール。浅草にある本社には、世界的に有名なデザイナーであるフィリップ・スタルクが設計した金色の炎のオブジェが輝いています。アサヒビールの燃える心を表現した、この聖火台の炎は多くの人々から注目されました。
初代の山本爲三郎さんから始まり、数々の社長が就任してきました。そして、2023年に新社長に就任したのは、専務として会社を支えてきた松山一雄さんです。
ですが、なぜ専務であった松山一雄さんが社長に選ばれたのか気になりますよね。ここでは、松山一雄さんの素顔についてググッと迫ってみましょう。
14代目社長であった塩澤賢一さんについては別記事で紹介しているのでよかったらあわせてご覧ください。
目次
「松山一雄」の出身地は?東京下町?
東京都のどこかまではわかりませんでしたが、インタビューの時に下町育ちであると語っていました。という事は、出身地は下町のどこかですよね。
東京下町のどこ?
下町というのは、東京都内でも低地にある町の事です。よく知られているのは、神田や浅草、深川などです。
下町生まれの人は、昔から江戸っ子気質があると言われています。小さな事にも情熱を傾け、全力で挑みます。そして、人情が厚いのも下町ならではの性格です。
共に頑張る仲間を決して見放す事はありません。社長職にはピッタリな気質です。
「松山一雄」の小中学校は?
ですが、時代背景を考えるとおそらく公立ではないかと思われます。
1960年代というのは、戦後の貧しさから人々が次第に抜け出せた頃です。海外旅行の回数制限が廃止されたり、コインランドリーが誕生したりと人々の生活が次第に便利になってきた頃です。
少年時代の松屋一雄さんは、そんな変わりゆく日本をどのように見つめていたのでしょうか。いつか、小中学校時代の話が聞けたらいいですよね。
「松山一雄」の出身高校は?
ラクビー部だった?ラクビー部がある高校
大学入学後にラグビーを続けるかで悩んだとインタビューで語っています。と、いう事はラグビー部がある高校に通っていた可能性が高いでしょう。
「松山一雄」の出身大学は青学?最終学歴は?ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院?
入学当初はまだラクビーへの未練もあったようです。ですが、悩んだ末にESS(English Speaking Society)へ入る事にしました。
そこで、英語ディベートの魅力にはまったのです。英語ディベートとは、英語で自分の意見を論理的に説明したりする事です。
松屋一雄さんは、全国大会で優勝するほどの実力を身につけましたよ。
シカゴのノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAも取得
松山一雄さんは、後にシカゴのノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAも取得しています。そこで、経営についてのスキルを身につけたのです。
アサヒビールの社長に就任した事で、学んだ知識が大いに発揮されるでしょう。
「松山一雄」の経歴は?
出典:https://www.businessinsider.jp/post-266022
鹿島建設へと入社
青山学院大学を卒業した松山一雄さんは、海外で働く事を考えて鹿島建設へと入社しました。
なぜかというと、当時の建設業界は海外事業に力を入れていたからです。その結果、松山一雄さんはマレーシアで勤務する事になりました。
サトーホールディングスに入社
その後は、サトー(現・サトーホールディングス)で活躍。
P&Gジャパン・日本アルコン
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA取得後は、P&Gジャパン、チバビジョン(現・日本アルコン)に入社。
サトーホールディングス再入社&社長兼CEO
サトーホールディングスに再入社。
2011〜2018年までは、サトーHDで社長兼CEOを務めました。
2018年にアサヒビールに入社
そして、2018年にアサヒビールに入社となりました。様々な企業でマーケターとして手腕を振るってきた事もあり、入社時にはかなりの注目を浴びました。
専務取締役兼マーケティング本部長
専務取締役兼マーケティング本部長として、「アサヒスーパードライ」の生ジョッキ缶や「アサヒ生ビールマルエフ」などを手がけ売上に貢献してきました。
なかでも、多くのビール愛好家から革命を起こしたと言われたのが「生ジョッキ缶」です。蓋を開けた瞬間に、まるでコップに注いだばかりのように立ち上がる泡はこれまでの常識を見事にひっくり返したのです。商品は大ヒット。店舗では売り切れが続出しました。
「マルエフ」と「スーパードライ生ジョッキ缶」については別記事でレビューもしているのでよかったらあわせてご覧ください。
そして、2021年には「マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞」を受賞。誰もが、その能力に驚かされました。
プロマーケター&経営者としての経験もあり社長就任
松山一雄さんが社長に選ばれたのには理由があると誰もが思いますよね。おそらく、プロマーケターでありながら経営者としての経験もあるからではないでしょうか。
アサヒビール専務取締役兼マーケティング本部長からアサヒビール15代目社長へ。
前社長である塩澤賢一さん(現・アサヒビール会長)は、規模の拡大よりも顧客にとっての特別な価値に注目しました。松山一雄さんは、その流れを継承しつつも更に会社を飛躍させようと考えているようです。
世界中のビールを飲んできたという松山一雄さん。海外での生活が、大いに役立っているのではないでしょうか。
まとめ
マレーシアやアメリカ、シンガポールなどで生活してきた経験を持っている松屋一雄さん。その経験は、アサヒビールの経営に活かされる事でしょう。
これから先も、人々に愛され続けるビール会社となるでしょう。
コメント